こんにちは。那須野です。
娘の育児を始めて3年ちょっとが経ちました。IT&マーケティング界隈で仕事を続ける33歳の私にとって、家事育児にフルコミットすることは当然な一方で、働き盛りの30代にキャリアを伸ばしていくことも死活問題でした。
長期の育児休業というブランクが発生し、復職後も残業はできず、娘事由での休みや遅刻早退が発生して稼働が不安定化し、自己研鑽の時間は取りづらく、それどころか休養の時間すら取れないことで下手すると体調管理もままならなくなる・・・という、子無し時代とは比べ物にならないほどのハードルが前提として課せられた中で、自身のキャリアをどう考えるか・・・
個人的な解として、膨大に生まれた育児時間をキャリアに転換していく方法を模索したのがこの3年間でした。それはそれで大変だったのですけれど、昔の投稿にも試行錯誤の跡が残っています。
残業しなかったけれど全社の年間表彰をもらったし、収入も上がっているし、ほどほどの成功は収められていると思っています。いやまあ超大変だったし、細かいところを見たら期待通りできていないものなんて山のようにあるのですけれど。大勢としては概ね許容範囲かなと感じています。
さて、ここからが本題です。
私はブログをはじめとした至る所で「育児をどうキャリアに転換するか」,「育児しながら仕事のパフォーマンスをどう最大化するか」などについて言語化してきたのも事実ですが、実際問題としてTwitterなんかを見ても「育児なんて仕事に役立たない」派が少なからずいて、「むしろ多数派では?」と私自身が感じなくもないのもまた事実です。
育児は仕事に活かせるのか?活かせないのか?
ここでは私自身の潜在的なバイアスを考察してみます。
★注意★
育児は人それぞれです。100の家庭があれば100の事情があり、100の育児があって然るべきものです。たった1つのあるべき姿なんて存在しません。人の意見を鵜呑みにするのは危険ですし、逆に安易に強要してよいものでもありません。自らが、家庭環境と子供の状況を見定めたうえで、子供とどう成長していきたいかを考え、これだと思う方法に思い切ってチャレンジしつつもダメそうなら変えていくトライアンドエラーの姿勢が大切だと思います。なのでこの投稿も、鵜呑みにしないでください。
懐かしの今夏の紫陽花の図。なお本編とは関係ない。
一部の特殊な職業を除けば、育児経験を直接的にキャリアに活かせることはありません。哺乳瓶で赤ん坊にミルクをあげる経験や、幼児を公園に連れて一緒に遊ぶ経験、あるいは好き嫌いが激しい子供になんとか食べさせようと四苦八苦する経験を、直接的に活かせる人は非常に限られるでしょう。
であれば、間接的にキャリアに活かす方法はどういったものがあるのか。この問いが主たる論点になってきます。そして私の今見えている間接的な活かし方とは、(1)抽象スキルの鍛錬、(2)健康の獲得、(3)身体性の強化、(4)多様な価値観の獲得の4点でした。
一般的に、育児がキャリアに繋がるかどうかはこの軸が議論の中心だと感じます。これについては過去の投稿にて「ジェネラリスト的能力」と「スペシャリスト的能力」に分解して語っていました。私が例に挙げていたジェネラリスト的能力は
などでしたが、ジェネラリスト的能力であれば職場とは違った環境である家庭で訓練することで、例えば職場で培った能力を家庭という別の環境にて調整適用することで汎用性を獲得できたり、例えば家庭で先行して実践して能力を身に付けることで後々職場にて能力を発揮したり、といったことが可能です。
子育ての始まる30歳前後というのは、会社によってはチームを持ったり業務改善を担ったり若手の面倒を見たりなど、新卒や第二新卒とは違った組織貢献を求められがちな年齢です。その意味でも家庭という1つの組織経営を主体的に担っていく経験は、職務によっては大いに役立つと思います。
体は全ての資本です。仕事で大きな成果を出すには、健やかなる体が大切です。
社会人として長らく働く中で、なかなか不摂生が続いていたりすると、知らず知らずのうちに思考力が低下したり動きが緩慢になったり・・・ということは否定できないと思います。
こういった場合、育児をきっかけに生活習慣を改善したり、運動不足を解消したりすることで体の健康を獲得し、仕事の成果につなげていくという発想があります。
子供の健やかなる成長を願って栄養満点の食事を用意してご相伴に預かり、子供の寝かしつけをする中で夜の9時頃には床につきつつ朝は6時頃に起きて早寝早起きのルーティンを確立し、子供と屋外でしっかり走って遊び、屋内でも体遊びで運動不足を解消し・・・あるいは子供にカッコいいと思われるよう背筋をピンとした立ち姿を意識したら肩こり首こりもよくなるかもしれません。
・・・かもしれませんが、実体験として難易度高めだったなとも思っています。
私自身、しっかり栄養!早寝早起き!運動不足解消!はかなり意識してきたし今でもそうなのですが、育児にフルコミットしながら仕事をするという多大なる負担を前に、倒れないようギリギリのところで健康を維持するのに精一杯というのが正直なところです。
好き嫌いの激しい子供になんとか食べさせるのがやっとで自分の食事が蔑ろになる展開は数え切れないですし、早寝早起きというよりむしろ夜中に何度も起こされて睡眠不足の日々だったり、精神疲労を前に肉体的負荷をかけられず逆に筋トレ発想では運動不足に陥ったりなど、言うは易し、行うは難しの典型かなと思うところです。
「子供と一緒の生活で、ハードな職場との距離をとって健康を」
というフレーズには耳障りの良い響きがありますが、子育ての場も職場と変わらずハードであるという所感を前に、あまり期待してはいけないのかなと思う次第です。
これは意外な盲点だったのですが、育児において発生する反復作業は意識的に取り組むと身体性の改善に繋がることがあります。幾つか例を挙げて見ます。
詰まるところ、こういった身体性を鍛えるのは小中学生までの人が多く、長い社会人生活を経て劣化している可能性が高いと思うのです。膨大な育児時間を身体性の強化に投下することで、ビジネスであれば第二創業期とも言えるような、向こう30年+αをしっかり生きていくための鍛え直しにうってつけだと思います。
ビジネスにおいて、多様な目線を持っている、多様な立場の人たちの価値観を理解している、というのは1つの大きな武器です。現代ビジネスにおけるステークホルダーは非常に多岐に渡るようになっており、独りよがりな目線や価値観しか持っていないと至るところでトラブルに見舞われてしまうからです。
もちろんいっぱしのビジネスパーソンたるもの、こういった多様な価値観の獲得のために書物を読んだり他者の声を聞いたりなどはする人はするわけですが、見聞きするのと実際に自分が経験するのとでは雲泥の差です。その点では、ビジネスパーソンとしての経験に、親としての経験が加わると、人としての幅が広がって仕事での立ち振る舞いが効果的になる可能性があります。
さて、(1)抽象スキルの鍛錬、(2)健康の獲得、(3)身体性の強化、(4)多様な価値観の獲得という4点について書いてきました。
私自身、(2)健康の獲得は難易度の高さを痛感したので以降の議論からは省きたいのですが、(1)抽象スキルの鍛錬、(3)身体性の強化、(4)多様な価値観の獲得といった要素がありつつも「育児なんて仕事に役立たない」派が多いのはなぜか、というのが真の本題です。それぞれ考察してみます。
(1)抽象スキルの鍛錬については過去の投稿にも書いた通り、ジェネラリスト的な能力が職場で求められているかどうかが決定的に重要です。やはり全体的に、マネジメントやリーダーシップ、業務改善寄りの項目が多いことは否めないため、
といった条件が隠れています。
(3)身体性の強化については、実はこれが最も効果的になるのは普段あまり体を動かさないPCワーカーたちであって、
という条件が隠れています。逆にコンビニやスーパー、病院、公共交通機関をはじめとしたリアルの場所を切り盛りしていくことを生業とする人たち(昨今で言えばエッセンシャルワーカーとほぼ同義)は、日常的に動いて喋るのが仕事であったりするわけで、育児の中で改めて身体性の強化に取り組むメリットは小さくなると思われます。
(4)多様な価値観の獲得について、これは議論の難しいと感じるところなのですが敢えて書いてみます。多様な価値観が効果を発揮するのは「大きく異なる複数の立場を内包している場合」であって、「似たような立場を複数持っている場合」では効果は小さいという点です。
現代日本における「親」は圧倒的な弱者です。様々な面で不利に扱われ、苦労を強いられます。そのため、相対的に社会的強者でありやすい「男性」のビジネスパーソンが「親」を経験するとその落差を体感することによって獲得できる多様性は絶大なものの、元から相対的に弱者でありやすい「女性」のビジネスパーソンが「親」を経験しても獲得できる多様性には限りがあると思われるのです。つまるところ、
という点が隠れていると強く感じるのです。
さて、ここまで考察してきた条件を並べてみます。
具体的に並べてみると、私は条件に恵まれていたなと思う一方で、男性でも満たさない条件がある人が少なからずいて、なにより女性については日本の現状的に条件をほとんど満たさない逆境にある人の方が多いのだろうということは容易に想像がつきます。
ここには日本の社会構造が作り出している暴力性が隠れているわけなので、「育児経験をキャリアに活かす」発想は一般論かつ単純な正論として語られることはやぶさかではないものの、具体的な個人を相手にしたアドバイスとしては非常に気をつけねばならないものであるという学びを明確に得て、ことの問題の大きさを噛み締めながら筆を置きたいと思います。