夏にオススメ裾上げロンパース。なお本投稿とは関係ありません。
2019年6月5日に自民党有志が『男性の育休「義務化」を目指す議員連盟』を設立したことをきっかけに、Twitter界隈でも男性の育休について積極的に議論が見られるようになりました。
私自身は男性として半年間の育児休業を取得しましたし、取得した今でも「取得して良かった」と胸を張って言えますが、『全ての男性が漏れなく育児休業を取得すること』の是非については何とも言い難い論点が多数存在することを認識しているからか、Twitter界隈での議論が混沌とし始めているような気がしました。そのため、状況を見つめなおしたうえで、論点を整理して書いてみたいと思います。
Twitterを見ていると、『育休義務化』という言葉が一人歩きしているからか、どうにも誤解が多いようなのです。
本件、此度の議員連盟が目指すのは、『父親となる男性から特段申請がなくとも、企業から「育休を取ってみてはどうか?」と男性側に促すことを義務付けること』であり、男性に義務を課すのではなく、企業に義務を課す話のはずです。
2019年6月5日に開かれた設立総会について、HUFFPOSTの記事においても、
議連が目指すのは、個人に対して取得を義務付けるのではなく、本人からの申請がなくても企業から「取らないのか」と促すことを義務付ける仕組み。今後は、育児介護休業法の改正などを視野に、目的や対応について議論する。
と明記されていますし、FNN.jpプライムオンラインの記事でも、
誤解されがちだが、男性の育休義務化は個人に対する強制ではない。本人からの申請がなくても、企業側が自動的に育休を与えるものだ。個人が申請する今の状況では、育休の取得を言い出しにくいような職場も多い中で、そもそも企業が取らせないといけない制度として確立することを目指している。
発起人の1人でもある松川るい議員も「個人に対して義務化ではなくて、企業からプッシュ型で、申請がなくてもどうぞと与えるという意味です」と答えている。
と明言されています。(この総会、発言録を全文読みたいなあ。。)
議員連盟がこういった方向性を掲げているのは、法律の観点からも、実務の観点からも、権利と義務とが真逆の性質を備えており、易々と反転しえないことがしっかりと認知されているからだと思います。例えば納税が権利になったら税を納める人は激減するでしょうし、寄付が義務化したら暴動が起きるでしょう。義務は義務、権利は権利だから世の中は回るのです。
万が一、取得の義務化がされた際にどんな混乱が起きるかについては、第10回の投稿、第12回の投稿あたりで示唆したところです。要約すると、
あたりは、権利が義務に反転した際に、一部の家庭で確実に起こるであろうことです。
こういったごく当たり前の展開を理解し、あくまで義務は義務、権利は権利という原則を踏まえたうえで、『育休を取得したい男性が多いのに、多くの場合にその権利が行使されえない現状』に対して企業の努力不足を指摘し、企業に努力義務を課そうとすることが、議員連盟が目指していることだと解釈しています。
つまるところ、「男性の育休『義務化』とは、企業側に育休推進義務を与えることである」ということなのです。
上述のように、『促進の義務化』の背景にあるものは、
"『育休を取得したい男性が多いのに、多くの場合にその権利が行使されえない現状』に対して企業の努力不足を指摘し、企業に努力義務を課そうとすること"
であると考えています。これは凄くシンプルな話で、育児介護休業法において認められている労働者の権利が企業によって蔑ろにされていると考えれば、同じ企業義務でも現状の『申し出があれば企業は拒否できない』状態から、『申し出がなくとも声掛けして促進する』に拡大することの説明はつきます。
事実、女性の80%超が育休を取得しているのに対し、男性はいまだ5%程度(注1)。2020年に13%という『控え目に言って控え目すぎる政府目標』すら達成がおぼつかない状況です。権利だけで言えば世界でもトップクラスに恵まれている日本の男性が、世界でトップクラスに育休を取得できないという不条理(注2)が続いているのは、企業における構造的な組織圧力が野放しにされているからと言っても過言ではないでしょう。
論点はただ一つ。法律で認められた労働者の権利の保障です。
(なお、「我が社は蔑ろにしていない!意欲的に働きたい労働者ばかりなだけだ!」のような個別の反論はきっと出てくると思いますが、これは組織圧力の問題なので、意図的に蔑ろにしているかどうかはあまり関係ありません。組織圧力とは例えば、『一人人事なので引継ぎ先もなく、まわりも忙しそうで声をかけづらく、育休取得希望を押し殺して暗に申し出を断念する男性』のような "組織の状況が結果的に個人にもたらす圧力" の状況なので、意図の有無は関係ないのです。その意味で、組織圧力を除去するには、組織的な声掛けが一つの策になりえるのです。)
(なお、義務化賛成派の人が主張しがちな「ママが助かるからパパは必ず育休を!」的な発言が微妙なのは、仮に「ママが助かる」のは事実としたとしても、第一にルール上は現行の法律だけで「パパがママを助ける」ことは可能であり、法律があるのに休めないという『実効性の担保がされていない』裏にある現行の問題から逃げた妥協策である点、第二に本主張への反論として「パパが休んでも助からないママもいるのでは?」という本末転倒な主張に付け入る隙を与える点があります。そのため、感情論として分からなくもないが、敢えて議論に出す必要はない、というのが私の考えです。)
注1:内閣府男女共同参画局の発表した「共同参画」2018年6月号によると、2018年度実績で女性の育休取得率が83.2%に対し、男性は5.14%となっている。
注2:2019年6月13日にUNICEFが発表した報告書「Are the world’s richest countries family friendly? - Policy in the OECD and EU」によると、日本は男性の育休に対する給付金制度が世界最高水準であるにも関わらず、取得実績が著しく少ないことに言及、その理由として人手不足、'好意的でない雰囲気'、業務負荷、収入減、キャリアの停滞なども言及しており、特に好意的でない雰囲気(原文:unfavorable atmosphere)は敢えてのクオテーションが付いて強調される始末である。
法律をはじめとしたあらゆる規則は、論理的なメリットを持ちながら、論理的なデメリットも持ち合わせることがほとんどです。そのうえでメリットがデメリットを総合的に上回るからこそ、規則として成立し、受容されます。この前提を頭に入れ、フェアな精神を以て、『促進の義務化』に対する反対意見を考えてみたいと思います。
(なお、「男性は家事育児が下手だから貢献できない」や「男性は理性的だから理不尽な子育てに我慢できない」といった謎の性差論を持ち出す主張は過度な一般化であり、主語が無駄に大きく、単なる疑似相関を因果関係と誤解しているのでここでは扱いませんし、「企業として育休申請を管理するのは面倒だから嫌」みたいな子供じみた主張も扱いません。)
少し時間をおいて考えた結果、6つほど反対意見が浮かびましたので、立場の違いで分けて列挙することにします。
まずは、促進の義務化を取りやめ、現行維持で行くべきだとする意見を見てみます。
①移行期問題
急激な人材不足による企業倒産が続出することで大混乱が生じ、日本社会が男性の育休どころではない混沌とした時代に突入する。
②若者冷遇による事業承継失敗
企業が不安定雇用を避けるために、若者に対して『1年以上の雇用見込みのある雇用』などの義務が発生する雇用形態を避けたり、場合によっては若者雇用自体を避けたりする一方、シニアの積極登用を進めた結果、10~20年後に後継者不足で事業承継に失敗した企業が続々と倒産する阿鼻叫喚の事態になる。
③子無し労働者へのしわ寄せ問題
子あり労働者に対する厚遇の裏で、子無し労働者に業務負荷のしわ寄せがいくことで企業組織が二分され、様々な対立が生じて組織崩壊する企業が続出する。
次に、促進の義務化では足りず、取得の義務化をすべきだとする意見を見てみます。
④実効性の問題
たとえ促進の義務化をしたところで、父親側に取得有無の裁量がある時点で、企業が暗に圧力をかけて取得拒否できてしまうため、促進の義務化だけでは実効性が不十分である。
最後に、促進の義務化はおろか、取得の義務化でも足りず、さらなる追加策が必要とする意見を見てみます。
⑤育休劣化問題
男性の育休取得者が激増するなかで企業が労働力を確保しようと圧力をかけるため、育休は取得させるものの、希望通りの育休を取得しづらくなり、取得したい期間より短くなったり、取得したい時期に取得できなかったりする問題が発生する。(なおこの問題は、女性にも波及しうる。)
⑥復職後モーレツ労働強要問題
⑤と類似するが、育休から復職した暁に「育休とったから育児は十分だよね…?」と言わんばかりに長時間残業、深夜労働、休日出勤、転勤などがオンパレードのモーレツ労働を強要される問題が続出し、産後の0歳児親に対する配慮が重視されたばかりに1歳児親、ならびにそれ以降への配慮が絶望的になる『復職後モーレツ労働問題』として社会問題化する。
以上、6つの意見を挙げてみました。
①~③はいずれも社会的混乱というデメリットが育休義務化のメリットを上回るという主張です。
『①移行期問題』については、生産性が著しく低くて現代の日本にそぐわない企業が倒産という形で退場するのは理に適っていますが、社会のインフラ機能を担う企業の中にはどうにも採算性を高められない業種・業界が存在しており、そういった企業をどう選定して補助金等を通じて生かしていくか、また新たなテクノロジーを以て機能代替できるか、といった議論によって解決が見込めると思われます。
『②若者冷遇による事業承継失敗』については、構造的に、シニアの積極登用が進む可能性は非常に高いと感じているところであり、また、若者の育休取得を防ぐためにフリーランス登用が増えたり、若者不利な雇用形態が新たに『創造』される可能性があるため、今後の展開を注視すべきだと感じています。中期的には転職市場の活発化によって若者を冷遇する企業を淘汰していくしかないと感じつつ、その先にはシニアばかりの企業、若者ばかりの企業に二分される日本経済という展開もありえるのでは、という感があります。
『③子無し労働者へのしわ寄せ問題』は、世間的には『資生堂ショック』という俗称で世を騒がせた事案であり、真に育児のしやすい職場環境を作るには、業務改革によって残業ゼロの環境を作るしかないという仮説が想起されます。良くも悪くも『家事育児のために業務量をセーブする女性従業員のために父親含めた男性従業員がモーレツに働く』構造は多くの職場で存在しており、付け焼刃的な『親への配慮施策』だけでは構造が『女性vs男性』から『子ありvs子無し』に変わるだけで構造問題を解消しきれず、むしろバランスを崩しかねないあたり、育児問題の大きさを感じるところです。
①~③についてまとめると、①と②は対策によって緩和できそうなものの、③については残業ゼロ化以外は解決策が見当たりません。残業は受発注関係による伝播効果が強いために、一部の個別企業が残業ゼロを押し通すことは意外と不可能ではないものの、大多数の国内企業が残業ゼロを実現することは著しく難しいです。日本経済として『どうやったら残業ゼロのキャズムを超えられるか』は今後真剣に議論されるべきだと感じます。
続いて『④実効性の問題』について、これは促進の義務化をどう制度設計するかが大きく関わってくると思います。企業側がもみ消しやすい処理体系であるかどうかが争点ですが、子供が生まれる男性に例外なく育休検討がなされ、育休取得を辞退する場合には企業ないし国への申請が必要であるならば、実効性は担保されるでしょう。
となれば、『企業がダマで書類を捏造して処理を進めることがない男性育休の義務化を社会的に周知すること』を徹底しつつ、申請系が明確に管理されず不透明になりやすい中小企業に対するケアを強化することが、抜け目ない制度設計には肝要だと思います。
最後の⑤~⑥は、個人的には③と同じぐらい厄介だと感じている論点です。『③子無し労働者へのしわ寄せ問題』を解決するための残業ゼロが実現できなければ、育休取得率が急上昇する中で子無し労働者へのしわ寄せを防止しようと『⑤育休の質悪化問題』や『⑥復職後モーレツ労働強要問題』が発生すると予想されます。
これは、育休の義務化をしたにもかかわらず、「育休を取ってみたけど大して効果がなかった」,「育休を取ったら前より辛くなった」といった『育休の価値を否定しかねない声』が実際に取得した男性から多く挙がる展開を示唆しており、いざ義務化しても『本質とは異なる声』が現場から上がって育休推進がひっくり返されかねない可能性すら示唆しています。
『⑤育休劣化問題』の対策としては、育休取得率だけでなくその内容、つまりは取得期間や取得時期、希望と一致していたかどうかといった細部を確認していく必要性を感じさせますし、『⑥復職後モーレツ労働強要問題』の対策としては、『残業ゼロ文化の全国的な普及をどう実現していくか』という国家レベルの難題がセットになっており、育休義務化を進めるうえで『事前に見えてしまっている課題の大きさ』が浮き彫りになってているというのが現状でしょう。
今回の投稿では、「男性の育休『義務化』とは、企業側に育休推進義務を与えることである」と明記しつつ、義務化理由は『法律で定められた労働者の権利の保障』ただ一つであるべき背景を述べたうえで、反対意見①~⑥を列挙して考察を書きました。
男性として半年間の育児休業を取得し、復職後は半ば無理矢理に残業ゼロのシフト勤務を続けている身としては、企業に対する育休推進の義務化であれば進めてほしいとは思うものの、明らかに地雷と見える展開がその先に明確に見えてしまっているのが辛いと感じるところです。
育休の義務化において、保育園をはじめとした『社会インフラ機能を担う低採算性事業体』に対する補助の強化、ならびに新しいテクノロジーによる代替はもれなく進んでいくとしても、③⑤⑥として挙げた『子無し労働者へのしわ寄せ問題』,『育休劣化問題』,『復職後モーレツ労働強要問題』は、業務過多と労働力不足を尻目に従業員同士がいがみあう組織内からの構造圧力と、受発注関係を通じて残業が伝播するという組織外からの構造圧力が絡み合い、国家レベルの難題となっています。
しかし、地雷は既に見えているからこそ、日本人が一致団結して困難に立ち向かい、日本経済として『どうやったら残業ゼロのキャズムを超えられるか』という見果てぬ夢を追いかけたいという思いを表明しつつ、ここで一旦筆をおくことにします。