一人十郷 - Takumi Nasuno Photography
『一人十郷』という言葉の背景。心のふるさとと思える町、自分が帰ることのできる町を10個作りたい。

『一人十郷』

これは、ブログを書きながら、フォトグラファーとして活動する中で浮かんできた言葉です。

「心のふるさとと思える町、自分が帰ることのできる町を10個作りたい。」

そんな思いを込めて造ったこの言葉は、2015年5月30日時点でGoogleに1件もヒットしていません。完全に私の造語です。

 

どれだけ世の中に浸透するのか、

そもそもいつまで自分が使い続けられるのか、

まったく分かりません。

 

でもせっかくの自分の造語なので、どんな思いを込めたのか、背景を細かめに書いてみたいと思います。

 

日本が一番好き

自分は、自分の生まれ育った日本が一番好きです。他の国にも行ったことはあるけれど、日本が大好きです。

国益がどうのこうのとか、海外がどうのこうのとか、クールジャパンがどうのこうのとか、そういうのはまったく関係なしに、自分が生まれ育ったこの国に愛着があって、その愛着を持ち続けていられることが幸せだなって思っています。

自分の住む場所は、多少の障害の違いはあれど、努力で変えることはできる。自分の好きなところに住むことができる。

でも生まれた場所は、選べない。自分に選択権がない。当然変えられない。そんな不自由に与えられたものを好きでいられるのは、ものすごく幸運だと思います。

これからも好きでいられるようにいたい。ちなみに方法はずっと模索中。

 

でも、まわりは日本がピンチと言っている

自分は日本が大好きで、日本がいい国だと思っているけれども、まわりは日本がピンチと言っているように聞こえてきます。

やれ、GDPで中国に抜かれただの、人口減少が始まった国は落ち目だの、放射能汚染の国は終わりだの、これからは日本じゃなくて海外市場だの、書いていたらキリがないですよね。

でも、短所なんてなんにでもあるわけで、何かを評価するのに短所だけ挙げ連ねるのはフェアじゃない。長所も全力で集めてから議論してくれ、と思っていました。

なので自分で動くことにしたんです。

 

日本の長所を見つけよう

他の人がやってくれないなら自分でやればいい。それは小さいころからやり続けてきたことでもある。誰かが短所ばかりを見つけて流すなら、自分がそれに負けない長所を見つけて、見せつけてやればいい。

 

とりあえず、ブログを始めてみました。

自分の手元にある手段から、写真を選んでみました。

できることからやってみました。

 

とりあえず、1年間続けてみました。

多くの時間を写真とブログに費やしました。

地方にも出向くようになりました。

 

そして思ったこと。

「やっぱり日本は綺麗だった。」

 

その先で見つけた地方創生

「日本全体を思いっきり元気にするには何をしたらいいんだろう?」

そんなことを、ひたすら模索し続けました。若造が一人で何をやっているんだ、という感じですね。そしてふと、思いました。

陸の孤島、海の孤島みたいな限界集落、経済的には圧倒的なディスアドバンテージがある場所を元気にできるなら、日本のどこだって元気にできて、日本全体を元気にできるんじゃないか。

そこから調べて出てきたのが地方創生、石破茂氏の推し進める政策でした。調べれば調べるほど、たくさんの情報、たくさんの活動が出てきました。ものすごく憧れたし、カッコいいと思いました。

でも、何か足りないような気がしたんです。

 

結局は人材の奪い合い?

地方創生でよく挙げられるのが、地方移住。とりわけ、地域おこし協力隊としての移住や定住、そして彼らによる更なる移住の斡旋でした。

田舎志向の人たちはやっぱり一定数いて、そういう人たちに強力なきっかけを与える政策になっています。都会の喧騒から解放されて、のどかで豊かな生活を送れるようになった人がたくさんいるんです。そんな意味で、この活動自体は素晴らしいと思います。

なんだかんだ、自分もかなりの田舎志向だったりしますし、実は自分もあやかりたいと思っていたくらいです。

でも残念ながら、自分の視点はそこだけを向いていられなかったんですよね。

移住というのは、個人単位でみれば移住者本人の生活を豊かにできて、町単位でみれば(努力次第で)地域おこしの起爆剤になれるかもしれない。でも、国単位でみたら労働力の地理的再配分なだけで、それ自体は課題先進国のためのパラダイムシフトにはならないんです。

「下手したら、田舎志向の有力人材を、地方の町同士が奪い合うんじゃないか?」

そんな不安が頭をよぎったわけです。綺麗に済めばいいけれど、限られたパイの醜い奪い合いは見たくなかったんです。

どうにか考え方を変えられないか、必死に考えていました。そんな中、とある場所で、こんな言葉を聞いたんです。

「第二の故郷を作ろう」

 

そして出てきた『一人十郷』

人間一人の体はひとつだけ。

当然住めるのもひとつの町だけ。

移住は、人と職と町のミスマッチ解消、そして地域活性化に貢献するけれども、人的リソースが限られている以上、日本全体を元気にするための抜本的な解決策にはならないです。

(移住をきっかけに、移住者を中心に町が大きく活性化することはあるので、それは移住者の腕の見せ所だし、自分が憧れるところでもあります。)

そこで発想の転換。

住んでもらわないと貢献にならないと思ったら人材の奪い合いになるだけですが、住まなくても自分の好きな地域に貢献できる仕組みがあったら、それはただの移住、定住以上の奇跡を日本にもたらすんじゃないか。そして貢献する地域の数に制限がなくなったとしたら、それは地方創生のブレイクスルーになるんじゃないか。

自分の住んでいる地域以外に汎用的に貢献できる取組みは、自分の知る限り、ありません(あったら是非教えてください!)。近いものにはふるさと納税の仕組みがありますが、なんだか弱いんですよね。(どうして弱いと感じるのか、まだうまく言語化できないので、いつか書きたいです。)でも、

「ネットの普及で場所を選ばず仕事ができる世界が見えてきたのだから、住む場所に縛られず町に貢献できるようにもできるんじゃないか。新しい手段なんて、いくらでも創り出せばいい。」

そう思うと、希望が出てきたんです。

 

自分のプロフィールを見てみました。

生まれ:横浜市鶴見区

本籍地:新潟市西区

現住所:東京都大田区

全部シングルアンサー、単一回答です。ひとつしか示せないんです。そして変えられるのは現住所だけ。公に対して「ここが自分の貢献する地域だ!」と標榜するプロフィール項目がなかったんです。

 

だから造った言葉が、『一人十郷』。

心のふるさとと思える町、自分が帰ることのできる町。別に住まなくたって、かまわない。心のつながりがあって、何らかの形で自分が貢献している町。貢献地、とでも呼びたいところです。

人生をかけて10個、そんな町を作って維持できれば、それはすごいことなんじゃないか。自分だけじゃなく、日本中の人、世界中の人が実行できたら、それこそ地域経済のパラダイムシフトなんじゃないか。そんな思いを込めて造ったのが『一人十郷』という言葉です。

偶然と幸運と、ほんのちょっとの努力と勇気によってのみ、心のふるさとは増えていく気がします。それが縁なのかもしれません。まだまだ先は長いですが、少しずつ進めていきたいと思います。

2015年5月30日 那須野拓実